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アントニオ猪木の名言を紹介。ファンを夢中にさせる言動とは!?

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アントニオ猪木氏と言えば、「1、、2、、3、、だぁ~~っ!」の十八番(おはこ)フレーズが有名ですがそればっかりでありません。笑

っとその前に、アントニオ猪木氏についてまずみていきますね。

アントニオ猪木氏について

1943年2月20日、神奈川県横浜市に生まれる。190cm。5歳の時に父が死去。実家は石炭問屋であったがエネルギーの中心が石油に移り変わり倒産。という結構苦労をされた生活をしてきました。物心覚えてきた5歳でお父さんが亡くなられたのですからその時の心境は計り知れるものではありません。

恵まれた身体を一活かして13歳の時に母親、祖父、兄弟とともにブラジルへ渡り、サンパウロ市近郊の農場で少年時代を過ごします。13歳で日本からブラジルへというのは、精神的にもかなりの負担があったことでしょう。

ブラジルでは陸上競技選手として砲丸投げで優勝するなど活躍。ブラジル遠征中の力道山の目に留まり直接スカウトされる。

190cmのごっつさと迫力があれば、スカウトされても当然ですよね。

ではでは猪木氏の名言・格言を集めましたので見ていきましょう♪

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アントニオ猪木氏の「名言・格言」

「闘いのロマン」という引き出しこそ、

もっとも開けて欲しいものなんだ。

ー アントニオ猪木 ー


アドバルーンを上げれば

何かが動き出す。

ー アントニオ猪木 ー


もともとありもしない

「限界」にこだわると、

己れの力に疑問をもつようになり、

しくじったり、

できなかったとき、

「ああ、これが俺の限界だ、もうダメだ」

とギブアップしてしまう。

ー アントニオ猪木 ー


コンプレックスをバネに

飛躍することができるのではないか。

ー アントニオ猪木 ー


落ちたら、

またはいあがってくれば

いいだけのこと。

ー アントニオ猪木 ー


一生懸命やっている人を小馬鹿にするのは、

自分がかなわないから

笑うことで逃げているのだ。

ー アントニオ猪木 ー


どうってことはない。

負けたと思ってないんだから。

ー アントニオ猪木 ー


しなやかな力は

バランスがいい。

ー アントニオ猪木 ー


ちっちゃなケンカをするたびに

スケールが小さくなる。

ー アントニオ猪木 ー


ただ単に相手を倒すだけであったのなら、

社会において何の価値があろうか。

ー アントニオ猪木 ー


俺は人が喜んでくれるのが、

生きがいというか喜び。

ー アントニオ猪木 ー


悩みながらたどり着いた結論は、

やはりトレーニングしかない。

ー アントニオ猪木 ー


さあ、やるんだ。

やり抜くのだ。

ー アントニオ猪木 ー


ルールを決めた以上は

ルール違反を犯さずに堂々と闘う。

ー アントニオ猪木 ー


姑息(こそく)なことはするな!

ー アントニオ猪木 ー


人間には、

必ず人生の転機を直感し、

的確に判断できるかどうかを

試される時が何度かある。

ー アントニオ猪木 ー


夢を持て!

でかければでかいほどいい。

とにかく、夢を持て。

大ぶろしきをひろげて

おさまりがつかなくなってみろ、

やらざるを得なくなるではないか。

ー アントニオ猪木 ー


元気が一番、

元気があれば何でもできる!

ー アントニオ猪木 ー


自らに満足している人間は、

それで終わりだ。

ー アントニオ猪木 ー


人は歩みを止めたときに、

そして挑戦をあきらめたときに、

年老いていくのだと思います。

ー アントニオ猪木 ー


わたしはプロレス修行時代、

誰よりも大きな欲を持とうと思い練習した。

ー アントニオ猪木 ー


貧しいから

手に入れようとするものがある。

ー アントニオ猪木 ー


ひとりだからこそ

できることもある。

ー アントニオ猪木 ー


踏み出せば、

その一足が道となる。

ー アントニオ猪木 ー


道はどんなに険しくとも、

笑いながら歩こうぜ!

ー アントニオ猪木 ー


子供に夢を持たせたければ、

大人こそ夢を持て。

ー アントニオ猪木 ー


誰もが心底恐ろしい存在を

持つべきだ。

ー アントニオ猪木 ー


長州は

紙一重の差を破れなかった。

ー アントニオ猪木 ー


馬鹿になれ とことん馬鹿になれ

恥をかけ とことん恥をかけ

かいてかいて恥かいて

裸になったら見えてくる

本当の自分が見えてくる

本当の自分も笑ってた

それくらい

馬鹿になれ

ー アントニオ猪木 ー


死ぬエネルギーがあるくらいだったら、

まだまだ生きられると思った。

ー アントニオ猪木 ー


自分の我を引っ込めたときには、

必ずといっていいほど挫折感を味わう。

ー アントニオ猪木 ー


「迷わずいけよ」と言っても、

俺にも迷う時もある。

ー アントニオ猪木 ー


裏切りというものも

それはそれでいいと思う。

ー アントニオ猪木 ー


力を抜くことによって、

相手のエネルギーを奪うことができる。

ー アントニオ猪木 ー


心が歪むのは

肉体自体が不健康だからだ。

ー アントニオ猪木 ー


優しさのない正義はなく、

強さもない。

ー アントニオ猪木 ー


自分が受けた仕打ちを

今度は自分がするというのは

好きじゃない。

ー アントニオ猪木 ー


派手に見えれば見えるほど、

裏で地味な努力をしているのが

あらゆる世界のプロだ。

ー アントニオ猪木 ー


出る前に

負けること考えるバカいるかよ!

ー アントニオ猪木 ー


リングに上がっているのに、

なぜスキを見せるのか。

ー アントニオ猪木 ー


常識から1ミリでもいいから

一歩踏み出せ。

ー アントニオ猪木 ー


別れる時には

もう次の恋が始まっている。

ー アントニオ猪木 ー


最終的に

相手を認めていく。

ー アントニオ猪木 ー


以上です!

どこでどう言ったのかまでは分かりかねますが、数えたら43(も)ありました!笑

彼が物語ってきた歴史を感じることができます。

では次に猪木氏の魅力について見ていきましょう。

八千草薫すい臓がん、闘病生活はいつから?亡くなった場所はどこ?
...

ファンを夢中にさせる言動とは?

数多くいるプロレスラーの中でも群を抜いて存在感を示している猪木氏。プロレスを見ていても、何かしら彼に引き寄せられた経験はありませんか?「炎のカリスマ」「闘魂」、アントニオ猪木氏。きっと誰もが一度は引き寄せられたと思います。

それはズバリ言えば、「型にはまらない自由な発想」にあると思います。

「本当にいいキャラしてんな!」とも思いますよね。プロレスではもちろんですが、テレビやバラエティーでも間の取り方が独特で悔しいかな引き寄せられてしまします。笑

現役から退いた今でも「アントニオ猪木しから張り手を食らうと、闘魂が注入され、元気になる」と言われ、「闘魂注入の張り手」は一般人に張り手やビンタを食らわすだけなのに、儀式として人気を誇っているのです。

そんなこともあって、彼が政治家に転身した時は正直「えっ?」っと思った方も多かったのではないでしょうか。テレビで見る機会も減るので私も本当に寂しい思いをしたのを今でもよく覚えています。

最後に

彼の言動が日本にそして世にもたらしたことはきりがありませんが、一言で言うなら、異なる分野を繋げるパイオニア的存在だったように思います。
全てはプロレスから始まりましたが、型にはまらない自由な発想で、北朝鮮でプロレス興行を数多く行ったり。きっと北朝鮮の人たちにも受け入れられていたんだと。はしゃぐことが許されそうにないので、北朝鮮の人たちは本当はもっとはしゃぎたかったんだと思います。

あと、私が言いたいのは、「タバスコ」についてです。
今や日本でもパスタなどに日常的に使われている「タバスコ」ですが、彼の存在なしにはここまで広まらなかったと思うからです。抽象的ですみません。彼がタバスコを日本に持ってきて広めたのが始まりなのです。猪木氏がタバスコを気に入っていなければ今ほどタバスコは日本に広まってはいなかったと言えると思います。

はたまた政治家としては、

「維新がどう言うかわからないけど、俺は俺の発想で言わせてもらうと、9条を改正するなら、俺は地球防衛隊というのを昔から言ってるんです。たとえばアマゾンのジャングルは毎年東京都の10倍の面積が、違法な開発で消滅してるんですね。これを抑えるには、警察じゃダメなんです。軍の力が必要。相手はみんな火器を持ってますからね。それに対抗できないといけない。そういう、地球防衛隊的な形のものができないかと」

地球破壊が叫ばれている昨今、的を得た彼の言動に注目が集まるのも無理ありません。
この自由な発想の男に今後も目が離せない。

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